大阪地方裁判所 平成10年(ワ)1044号 判決 1999年4月22日
大阪市中央区道修町二丁目一番五号
原告
小野薬品工業株式会社
右代表者代表取締役
上野利雄
右訴訟代理人弁護士
高坂敬三
同
岩本安昭
同
阿多博文
同
田辺陽一
富山市総曲輪一丁目六番二一
被告
日本医薬品工業株式会社
右代表者代表取締役
田村四郎
右訴訟代理人弁護士
花岡巖
同
新保克芳
富山県婦負郡婦中町萩島三六九七番地の八
被告
株式会社陽進堂
右代表者代表取締役
下村健三
富山市向新庄町一丁目一八番四七号
被告
前田薬品工業株式会社
右代表者代表取締役
前田圭一
富山市八日町三二六番地
被告
ダイト株式会社
右代表者代表取締役
笹山真治郎
右被告三名訴訟代理人弁護士
安田有三
同
小南明也
右補佐人弁理士
川上宣男
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告日本医薬品工業株式会社は、原告に対し、金三八八八万六九七二円を支払え。
二 被告株式会社陽進堂は、原告に対し、金四四万二六四三円を支払え。
三 被告前田薬品工業株式会社は、原告に対し、金一〇六四万八五七二円を支払え。
四 被告ダイト株式会社は、原告に対し、金五九万二二九〇円を支払え。
(以下、被告日本医薬品工業株式会社を「被告日本医薬品」と、その余の被告らを「被告陽進堂ら」、全被告を併せて「被告ら」という。また、書証の掲記は「甲1」などと略称し、枝番号のすべてを含む場合はその表示を省略する。)
第二 事案の概要
一 基礎となる事実(いずれも争いがないか弁論の全趣旨により認められる。)
1 原告の特許権
原告は、メシル酸カモスタット製剤(商品名フオイパン錠)に関する次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有し、昭和六〇年八月以降これを製造販売してきた。
(一) 発明の名称 グアニジノ安息香酸誘導体および該グアニジノ安息香酸誘導体を含有する抗プラスミン剤と膵臓疾患治療剤
(二) 出願日 昭和五一年一月二一日(特願昭五一-五〇六二号)
(三) 公告日 昭和五七年三月二五日(特公昭五七-一四六七〇号)
(四) 登録日 昭和五七年一一月一二日
(五) 特許番号 第一一二二七〇八号
(六) 特許請求の範囲
本件特許権の特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載は、別紙「特許請求の範囲」記載のとおりである。
(七) なお、本件特許権の存続期間は、平成八年一月二一日をもって満了した。
2 被告らの行為
(一) 被告らは、医薬品の製造販売を業とする会社であるが、それぞれ別紙目録記載の承認年月日に、同記載の商品名のメシル酸カモスタット製剤(以下「被告製剤」という。)につき、薬事法一四条の製造承認を取得した。
(二) 被告製剤は、いわゆる医療用の後発医薬品に属するものであるところ、その製造承認の申請書には、次の資料を添付することを要する(薬事法施行規則一八条の三)。
(1) 物理的化学的性質並びに規格及び試験方法等に関する資料として、規格及び試験方法に関する資料
(2) 安定性に関する資料として、加速試験に関する資料
(3) 吸収、分布、代謝及び排泄に関する資料として、生物学的同等性に関する資料
(4) 当該有効成分の毒性、薬理作用、吸収、分布、代謝、排泄及び臨床試験等に関する文献等のリスト及びその内容概要並びに評価結果の資料
(三) 被告らは、それぞれ、(二)の資料を得るために、本件特許権の存続期間内に、メシル酸カモスタットを製造、輸入又は他から購入して被告製剤を製造し、(二)の資料を得るための各種試験(以下「本件試験」という。)に使用した。
3 被告製剤と本件特許権の関係
被告製剤は、本件発明の技術的範囲に属する。
二 原告の請求
本件は、原告が、被告らに対し、被告らはそれぞれ被告製剤の製造承認取得のために本件特許権の存続期間中に被告製剤を製造又は使用して、本件特許権を侵害したとして、<1>本件特許権の存続期間中に本件試験のために製造された被告製剤の製造販売相当額に対する実施料相当額、<2>右特許権侵害により前倒しての製造販売が可能となった特許期間満了後二年半の被告製剤の製造販売額に対する実施料相当額の損害賠償を求めた事案である。
三 争点
1 被告らによる被告製剤の製造又は使用は、特許法六九条一項に該当するか。
2 被告らによる被告製剤の製造又は使用が本件特許権を侵害する場合に原告が被告らに対して請求し得る損害額。
第三 争点に関する当事者の主張
一 争点1(特許法六九条一項の該当性)について
【被告日本医薬品の主張】
1 特許制度が一定期間の発明の利用の独占を認めているのは、発明の独占利用による収益の独占が発明活動の大きな動機付けになり得るからであり、試験又は研究のためにする特許発明の実施が特段の限定を付されずに一般的に特許権の効力の範囲外とされたのは、試験は一般的に一定期間内の収益独占を損なわないからである。そして、程度の差はあれ、試験が学問・技術の進歩という大きな公益目的に寄与することはもちろんであり、そのためには、試験の自由に対する無用の制約は避けるべきである。したがって、特許法六九条一項が定める「試験」は、文言どおりに解すべきものであり、特許期間中の収益独占を損なうことになる試験に限ってその範囲外に置かれるべきである。同条項は、新規発明や利用発明に直結する性格の技術研究でなく、また、直ちに既存の技術(本件では製薬技術)に関する新たな改良進歩が得られる場合でなくても、およそ研究行為であって、一定の技術的進歩をもたらし得る行為に対しては、特許権が及ばないようにして、技術の進歩、改善を阻害しないようにしているものである。
2 先発医薬品と有効成分、投与経路、効能効果、用法用量、剤型及び含量が同じである後発医薬品についても、その製造承認申請に当たって生物学的同等性試験が要求されるのは、何らかの未知の要因や、有効成分及び賦形剤の原材料の出所・製法等の相違によって、生物学的には同等でない場合があることから、医薬品として有効性及び安全性を確保するために、そのような場合であるか否かを明らかにする必要があるからである。生物学的同等性試験によって、後発医薬品が先発医薬品と同等であるか否かが判明するということも、技術的進歩をもたらすものである。
また、後発医薬品の製造承認申請のために、製剤の溶解性、吸収性・服用の便宜性などについて各種試験を行うことは、先発医薬品の成分・効能と同等の製剤の剤型、用量及び用法の製剤を得るためだけの技術上の知見にとどまらず、広く、薬剤の規格や製剤化技術に関し、技術的・基礎的な知見をも得ることができ、これによって将来にわたる製薬技術の進歩の基礎となり得る知見や情報が得られる。この意味でも、後発医薬品の製造承認申請のために実施される各種試験は、広く科学技術の進展に寄与しているものといえる。
3 したがって、被告日本医薬品が被告製剤の製造承認申請のために必要な資料を得るために行った被告製剤の製造又は使用は、特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当する。
【被告陽進堂らの主張】
1 いわゆる後発医薬品は、先発医薬品と有効成分及び剤型が同一の医薬品である。しかし、有効成分及び剤型が同一であるとしても、有効性及び安全性が同等というわけではない。有効成分が同一であっても、製剤化(製剤の処方、製造方法)の相違によって有効性及び安全性が異なることがある。このために、後発医薬品の製造承認申請に当たっても、各種の試験が要求されているのである。
ところで、先発品の製剤化の具体的内容は企業秘密として公表されることはないし、また、後発医薬品開発メーカー相互間でも右内容は公表されない。先発医薬品の製剤自体は市場において入手できるが、それを見ただけでは製剤化の具体的内容は分からない。したがって、後発医薬品開発メーカーは、製剤化において自社の技術、ノウハウを駆使して試作を繰り返し、製造承認申請に必要な試験に供する製剤を完成させるのである。実際、被告製剤を含めた本件メシル酸カモスタット製剤の後発医薬品間においても、製剤の処方(賦形剤、結合剤、崩壊剤等の内容すなわち製剤の化学的組成)が異なっている。
このように、後発医薬品開発メーカーは、先発医薬品との同等性を確保するために製剤化に腐心しているのであり、その過程で得られる製剤化に関する新たな技術、ノウハウと、後発医薬品の製造承認のために必要とされる試験そのものの内容とは不可分の関係にある。そして、被告陽進堂らは、本件試験を遂行する中で、各種のノウハウを獲得し、自らの技術水準を高めた。これはひいては、社会一般の技術進歩にも貢献するものである。
さらに、製造承認を得た医薬品といえども、新たな問題点が発見される可能性があることを考えれば、多くのメーカーが、当該医薬品の試験をし、製造販売を行うことは、社会一般の利益に貢献するものでもある。
2 本件発明は、ヒトに対する医薬品としての発明であるが、その特許公報に医薬に関する用途発明として開示されている情報は、実験動物に対して静脈内注射をすることによって一定の薬効があったということにすぎない。特許実務の上では、このような動物実験による薬効を確認することで発明が完成したものとして扱われるが、特許公報に開示された実験動物に対する薬効がヒトに対しても効果を有すること、特許公報に開示された八種のグアニジノ安息酸誘導体のうちの一つ(メシル酸カモスタット)が医薬品として使用できること、メシル酸カモスタットが慢性膵炎における急性症状の緩解に効果があること、経口投与によって投与すべきこと、錠剤一錠につきメシル酸カモスタットが一〇〇ミリグラムであること、人体に毒性がないことは、本件発明の特許出願後に臨床試験によって得られた情報であり、本件発明の特許公報によって開示されたものではない。
特許権は、発明の開示の代償として一定期間の独占権を付与するものであるから、被告陽進堂らの行った試験研究に本件発明を改良し、技術を進歩させる性質があるか否かは、本件発明の明細書に開示された内容を基準として判断すべきものである。
被告陽進堂らは、1で述べたとおり、製剤化に関する情報が本件発明の明細書に開示されておらず、また先発医薬品に関する情報も公開されていない中で、それぞれ化学的組成の異なりつつ、先発医薬品と生物学的に同等である被告製剤を開発したものであるから、それ自体、本件発明の改良に該当する。
3 以上より、被告陽進堂らが行った被告製剤の製造又は使用は、特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当する。
【原告の主張】
1 特許法六九条一項は、同法六八条の例外として、同法一条の趣旨に基づき「発明の保護」と「発明の利用」との間に調和を求めつつ、特許法の目的である産業の発達を図ろうとしている。ここで特許法が、「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に特許権の効力が及ばないこととしたのは、試験又は研究がもともと特許に係る物の生産、使用、譲渡等を目的とするものではなく、技術を次の段階に進歩せしめることを目的とするものであり、特許の効力をこのような実施にまで及ばしめることは、かえって技術の進歩を阻害することになるという理由に基づくものである。
このような特許法六九条一項の趣旨からすれば、「試験又は研究」の範囲については、第一に試験又は研究の対象による限定がなされねばならない。すなわち、特許法は、特許権者に発明の公開を義務付け、特許権の存続期間満了後に利用されることにより新たな物質(物質発明の場合)や新たな用途(用途発明の場合)等を広く世の中にもたらし、技術の進歩ひいては産業の発達を達成しようとしているのであるから、特許法一条が予定している「発明の利用」による技術の進歩とは、あくまでも当該特許発明それ自体、すなわち物質発明においては当該物質、用途発明においては当該用途が利用されること自体に関するものを指していると考えられる。そして、同法六九条一項は「発明の保護」と「発明の利用」の調和を図ろうとした趣旨であり、「試験又は研究」のための実施は「発明の利用」の一態様であるから、「試験又は研究」は、特許発明それ自体に関する技術の進歩が図られるものを予定しており、特許発明とは無関係な技術の進歩を図るための試験研究は含まれないと解すべきである。
第二に、試験又は研究の目的による限定がなされねばならない。すなわち、特許法が技術の進歩ひいては産業の発達を目的としている以上、同法六九条一項により許容される「試験又は研究」も、技術の進歩を目的とするものに限られるべきである。その場合、技術の進歩を目的とする試験又は研究といえるためには、<1>特許発明の新規性や進歩性等といった特許性を調査するためのもの、<2>特許発明の実施可能性、作用効果、副次的作用の有無等の特許発明の機能を調査するためのもの、<3>特許発明を基礎として改良を加えるためのものに限定されるべきである。特に本件での被告らの実施行為は、原告の市場での利益を害するおそれがあるものであるから、特許権者の利益を犠牲にしてまで適法とすべきと評価されるほどの、改良目的、機能性調査等の目的が存在するか否かが検討されねばならない。
2 被告らが行った被告製剤の製造又は使用は、試験に供するためとはいえ、被告製剤の製造承認申請のための資料を得ることのみを目的とするものであって、技術の進歩を目的とする試験とはいえない。
被告らは、製剤化の過程は技術的進歩をもたらすものであると主張するが、製剤の処方(添加剤等の配合)については、先発医薬品を分析した上で、それと類似の特性を持つ添加剤を、既知のものの中から適宜選択するだけで足り、試験の結果が悪ければ適宜構成補助剤の比率を変える等すればよいだけであり、特段の工夫は要せず、その過程に新たな技術開発など存在しない。
また、先発医薬品の情報については、行政指導によって、製造承認申請データの主要部分を専門学会誌等に公表することを義務づけられており、これに先発医薬品の分析、添付文書等の検討を加えれば、すべて得ることができるのであって、この点からも、後発医薬品の製剤化に技術的進歩の側面や目的は存在しない。
3 したがって、被告らが行った被告製剤の製造又は販売は、特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当しない。
二 争点2(損害額)について
【原告の主張】
1 被告らが被告製剤の製造承認申請の資料を得る目的で被告製剤を製造又は使用した行為は、本件特許権を侵害するものであるところ、被告らは被告製剤が本件発明の技術的範囲に属することを知っていたから、被告らには故意がある。
2 したがって、原告は、被告らに対し、実施料相当額の損害賠償を求める権利があるが、その算定の基礎となる被告製剤の製造販売額については、<1>本件特許権の存続期間中に本件試験のために製造又は使用された被告製剤の製造販売相当額に対する実施料相当額、<2>特許権侵害により前倒しての製造販売が可能となった特許期間満了後二年半の被告製剤の製造販売に対する実施料相当額の合計を基礎とすべきである。
右のうち<1>については特段の説明を要しない。<2>についても、被告らは、本来、本件特許権の存続期間内には本件試験を実施することができず、したがって被告製剤の製造承認申請を行うことができなかったところ、後発医薬品の製造承認には少なくとも二年半の期間を要することからすれば、被告らは、本件特許権の存続期間満了後二年半を経過するまでの間は被告製剤の製造販売をなし得なかったにもかかわらず、本件特許権を侵害することによってその間の製造販売が可能となったのであるから、それに相応する実施料相当額も損害賠償の対象とすべきは当然である。
3 被告らの右<1><2>を併せた製造販売相当額は次のとおりである。
(一) 被告日本医薬品工業株式会社 三億八八八六万九七二九円
(二) 被告株式会社陽進堂 四四二万六四三五円
(三) 被告前田薬品工業株式会社 一億〇六四八万五七二九円
(四) 被告ダイト株式会社 五九二万二九〇六円
4 本件特許権の実施料率は、少なくとも製造販売額の一〇パーセントを下らないから、被告らが賠償すべき損害額は、次のとおりである。
(一) 被告日本医薬品工業株式会社 三八八八万六九七二円
(二) 被告株式会社陽進堂 四四万二六四三円
(三) 被告前田薬品工業株式会社 一〇六四万八五七二円
(四) 被告ダイト株式会社 五九万二二九〇円
【被告日本医薬品の主張】
原告主張の損害額は争う。なお、特許権は、存続期間の満了によって消滅するから、右期間満了後に第三者が特許発明を実施しても何ら特許権を侵害しない。また、本件で原告が実施許諾をすることはあり得ず、原告は実施料を得る機会を失ったわけではないから、実施料相当額の損害賠償を求めることはできない。
【被告陽進堂らの主張】
原告主張の損害額は争う。なお、特許権は、存続期間の満了によって消滅するから、右期間満了後に第三者が特許発明を実施しても何ら特許権を侵害しない。
第四 当裁判所の判断
一 被告らが本件特許権の存続期間中に被告製剤を製造し、被告製剤の製造承認申請の資料を得るために本件試験に使用したこと、被告製剤が本件発明の技術的範囲に属することは、前記基礎となる事実のとおりである。
そして、被告らは、医薬品の製造販売等を目的とする会社であり、被告製剤の製造又は使用は自らの営業活動のために行ったものであるから、被告らは、業として本件発明を実施したものというべきである。
二 そこで、被告らの右行為が、特許法六九条一項所定の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するか否か(争点1)について検討する。
1 特許法六九条は、業として特許発明を実施する場合であっても、例外的に特許権の効力が及ばない範囲を定めたものであるが、発明の保護を通じて発明を奨励し、産業の発達に寄与するという観点(特許法一条)からすれば、特許権の存続期間内に業として特許発明を実施する場合には全面的に特許権の効力が及ぶものとするのが本来望ましいところである。しかし他方、発明を発明者に独占させるだけでは技術の発達は望めないのであり、発明された技術は、それが種々の意味で利用されて初めて社会全体の技術水準が向上し、またそれに基づいて新たな技術が開発されていくものであって、このような観点から発明の利用を図り、それによって産業の発達に寄与することもまた特許法が目的とするところである(特許法一条)。特許法は、このような二つの目的を調整するために種々の規定を置いているが、六九条もその一つであり、一方では、たとえ特許権の存続期間中であっても、特許にかかる技術の価値や利用可能性等を第三者が理解したり、当該技術を踏まえて更に新たな技術を開発したりするためには、当該技術を実施して試験研究を行うことが必要不可欠であること、他方では、試験研究のためだけであれば、特許発明を実施しても特許権者が独占すべき市場利益を奪うこともないことから、試験研究のためにする特許発明の実施には特許権の効力が及ばないこととされたものであると解される。
このような理解からすれば、特許法六九条一項に該当するためには、当該試験研究が技術水準の向上や技術の開発につながり得るような性質のものであるとともに、特許権者が独占すべき市場利益を奪うような性質のものでないことが必要である。
2 本件において被告は、前記基礎となる事実2(二)記載の各資料の作成のために薬事法上求められる各種の試験を行ったものであるが、薬事法において、有効成分、分量、用法、用量、投与経路、効能及び剤型等が既存の先発医薬品と異ならない後発医薬品についても、右各資料の提出が求められるのは、次のような理由によると解される。すなわち、先発医薬品の製剤化の具体的な内容は企業秘密として公開されないのが一般である(甲45、弁論の全趣旨)から、後発医薬品の製造業者としては、自己の有する知識、技術及び経験を用いて試行錯誤を重ねて後発医薬品を製造することとなる。しかし、医薬品においては、有効成分や剤型等が同一であっても、原薬の製造方法や製剤化(製剤の処方、製造方法)が相違すれば、有効性及び安全性が異なることがあり得る(乙3、弁論の全趣旨)ことから、右のようにして製造された後発医薬品が必ずしも先発医薬品と品質、有効性及び安全性において同等である保証がないため、それらを確保するために、前記資料の作成及び提出が求められるのである。
そして本件においても、先発医薬品たる原告の「フオイパン錠」の具体的な製剤方法が公開されていたと認めるに足りる証拠はなく、また、先発医薬品を分析すればその製剤方法が判明すると認めるに足りる証拠もなく(甲44に対する乙8)、さらに、本件特許権の特許公報(甲2)によっても製剤方法が十分に明らかにされているとはいえないから、被告らは、先発医薬品と同等の結果を得るべく、製剤化方法について独自の知識、経験や技術を使って被告製剤を製造し、その同等性の確認のために本件試験を実施したものと推認される。したがって、被告らは、本件試験を実施することにより、どのような製剤方法を採れば先発医薬品と同等の品質、有効性及び安全性を確保できるのかについての独自の知見を得たものといえる。
もとより、甲43及び弁論の全趣旨に照らすと、このような試験によって得られる知見は、先発医薬品を開発するときに得られる知見と比較すれば、技術の進歩に寄与する程度としては低いことは否定できない。しかし、1で述べたところからすれば、特許法六九条一項が適用されるための技術水準の向上や技術の開発につながり得る試験というためには、それ自体が特許性を有するような高度の発明を得られるものに限定されず、何らかの点で技術開発の要素を持っているものや、技術水準を向上させる要素を持っているものも含まれると解すべきであるから、本件試験も同項にいう試験たり得るというべきである。
3 また、弁論の全趣旨及び前記基礎となる事実2(一)記載の被告らの製造承認日からすれば、本件試験は、本件特許権の存続期間満了後の製造販売を意図して実施されたものであり、特許権者が独占すべき市場利益を奪うような性質のものでないと認められる。
この点について原告は、本件試験によって、特許権者が独占できていたはずの特許権の存続期間満了後二年半を経過するまでの市場利益を奪ったものであると主張する趣旨と解されるが、特許権者が独占できる市場利益は、特許権の存続期間中のものに限定されているのであるから、本件試験が本件特許権の存続期間満了後の製造販売を意図して実施されたものである以上、特許権者が独占すべき市場利益を奪うようなものであるということはできない。
4 以上によれば、本件における被告らによる被告製剤の製造又は使用は、特許法六九条一項の適用を受けるものであるから、被告らの行為は本件特許権を侵害しない。
第五 結論
よって、その余について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。
(平成一一年一月一四日口頭弁論終結)
(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 高松宏之 裁判官 水上周)
別紙
特許請求の範囲
1 一般式
<省略>
(式中Zは炭素-炭素共有結合メチレン基エチレン基及びビニレン基よりなる群から選択された基を表わしR1とR2は同一でも異なつてもよいが各々水素原子又は低級アルキル基を表わす)で示される化合物又はその薬理学的に許容できる酸付加塩。
2 カルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の加合物。
3 N-メチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の化合物。
4 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の化合物。
5 N、N-ジ-n-プロピルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の化合物。
6 N-N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルアセタート又はその薬理的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の化合物。
7 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)シンナマート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の化合物。
8 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(pグアニジノベンゾイルオキシ)フエルプロピオナート又は薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の化合物。
9 N-メチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルアセタート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の化合物。
10 一般式
<省略>
(式中、Zは炭素-炭素共有結合、メチレン基、エチレン基及びビニレン基よりなる群から選択された置換基を表わし、R1とR2は同一でも異なつてもよいが各々水素原子又は低級アルキル基を表わす)
で示される化合物又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有す抗プラスミン剤。
11 カルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。
12 N-メチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。
13 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。
14 N、N-ジ-n-プロピルカルパモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。
15 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルアセタート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。
16 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)シンナマート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。
17 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエルプロピオナート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。
18 N-メチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルアセタート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。
19 一般式
<省略>
(式中、Zは炭素-炭素共有結合、メチレン基、エチレン基及びビニレン基よりなる群から選択された置換基を表わし、R1とR2は同一でも異なつてもよいが各々水素原子又は低級アルキル基を表わす)
で示される化合物又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する膵臓疾患治療剤。
20 カルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。
21 N-メチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。
22 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。
23 N、N-ジ-n-プロピルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。
24 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルアセタート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。
25 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)シンナマート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。
26 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルプロピオナート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。
27 N-メチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルアセタート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。
目録
被告名 承認年月日 商品名
日本医薬品工業株式会社 平成八年二月二六日 カモステート錠一〇〇
株式会社陽進堂 平成八年三月七日 プラークハウス錠一〇〇
前田薬品工業株式会社 平成八年三月一五日 リーナック錠一〇〇
ダイト株式会社 平成八年二月二六日 モスパン錠一〇〇